2-3ヶ月くらい前のある休みの日の朝、テレビをつけていると政治家や大学の先生らしき人が年金問題の議論をやっており、その中の1人(後に、慶應大学の権丈善一教授だと分かった)が「年金は破綻しない」「詳しくは『「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?』という本を見てください」と言っていた。
この本の名前には何となく聞き覚えがあった(新聞広告か何かでみて何となく気になっていた?)ので、早速webで調べてみたところ、カリスマ塾講師の細野真宏さんの本だ。人気のある本らしく図書館では7-8人待ちくらいであった。早速予約したのだが、最近やっと借りることができたので、感想を書いてみる。
まず、恥ずかしながら私自身の状況を書いておくと、これまで年金の議論にはほとんど興味がなく、全くと言っていいほど知識もない。大学卒業以来、ずっとサラリーマンをしており、「自分と会社が折半で積立金を支払っているので、将来、それなりにはもらえるだろう」ぐらいの認識である。この本は、いかなる知識も前提とせず平易に書かれているので、私も先入観なく読ませていただいた。
この本の中に、権丈教授が月刊現代に書いた文章の引用が載っており、そこに「今の受験生ならばほとんどの学生がお世話になったはずのカリスマ講師兼経済書ミリオンセラーの著者」として細野さんが紹介されているが、残念ながら私の受験時代とは程遠く、細野さん自身に対しても何の先入観もない。
まず、最初に、この本の章構成は以下のようになっている。
第1章 学力や思考力は日常の会話方法で飛躍的にアップする!
~世界一わかりやすい「論理的思考」の話~
第2章 なぜ人は「宝くじの行列」に並んでしまうのか?
~世界一わかりやすい「本質を見抜く力」の話~
第3章 なぜアメリカの住宅ローン問題で私たちの給料まで下がるのか?
~世界一わかりやすい「アメリカ経済」の話~
第4章 「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?
~世界一わかりやすい「年金」の話~
内容は全体に非常に平易で、手書き風の挿絵やチャートなどが数多くでてくる。気合をいれれば、考えながら読んでも2-3時間程度で読み終えそうなくらいの活字量である。
私の場合、通勤電車で読むことがほとんどなので、少しづつ読んでいった。
第一章から順に感想や気になった点を記してみる。
第1章 学力や思考力は日常の会話方法で飛躍的にアップする!
この本では結構いやらしいくらいに「数学的思考力」という言葉が使われている。「数学的思考力」と聞くと、私なんかは「論理的な考え方」と同じではないかと思ってしまうが、細野さんによると、
「数学的思考力」=「論理的思考」+「情報の本質を見抜く思考力」
ということらしい。
この章では、その「論理的思考力」の身に付け方を簡単に解説している。私なんかは、「情報の本質を見抜く思考力」の方に興味を持つのだが、それについては第二章で具体的に解説するとのこと。期待が膨らむ ・・・・。
第2章 なぜ人は「宝くじの行列」に並んでしまうのか?
宝くじの当選確率・期待獲得額の低さや、当りの多い(と噂されている)売場にできる行列を(本質を見ていない)例として挙げ、「本質を見抜く」ことの重要さを説くのであるが、これには?である。それくらいは、ほとんどの人は分かっており、単に験(げん)をかついでの行動だと思うのだが ・・・・・。
結局、「本質を見抜く」には、情報を鵜呑みにせず、よく考えろということのようだ ・・・・ そりゃ、そうだ。
第3章 なぜアメリカの住宅ローン問題で私たちの給料まで下がるのか?
この章からは、細野さんの力が入っているのが分かる。この章では、米国のサブプライムローン問題の構造を「数学的思考力」によって、大胆かつシンプルに整理している。それによると、本質は(一部、簡略化して記載すると)
「住宅価格の下落」 -> 「住宅ローンに問題が生じる」 -> 「世界の金融機関で金融危機が起こる」 -> 「金融機関の貸し渋りや倒産が起こる」 -> 「他の業界に影響が広まる」 -> 「景気悪化」
という連鎖で発生しているとのことで、元凶は「住宅価格の下落」であり、これがいつ止まるかに注目すべきと説く。
これが本当に正しいのかは私にはわからないが、非常にシンプルで分かり易い説明だ。
しかし、しばらく先に読み進めると、「住宅価格は金融危機の影響を受けて下落している面もある」ので「住宅価格の下落に歯止めをかける手段のひとつとしても金融危機を食い止めることが重要」と言う。
あれ、さっきと、因果が逆転しているんですが ・・・・・。 まあ、これらの事象は互いに関連しあっているのだとは思うが、だったら最初のシンプルな整理は何だったのだろうか?
また、「数学的思考力では、将来の方向性は読めても時期は読めない」と言う。つまり、「バブルは『いつかは』はじけるということは分かるが、『いつ』はじけるかは分からない」と言うのである。なるほど、確かに正直な説明なのであろうが、そうであればあまり意味がないと思ってしまうのは私だけだろうか ・・・・・。
第4章 「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?
この章がこの本の肝である。
まず、「『消えた年金問題』は事務的で一過性の問題であり、少子高齢化の進行によって現状の制度(仕組み)で安心できるかという方が問題」と書かれているが、これについては私も全く賛成である。
次に、現在の年金の制度が2階建てであることを説明した上で、いきなり、「若者でも、実際に払う保険料の1,7倍を年金としてもらえるので払い損にならない」、そのために「2009年度から高齢者に支払われる年金の半分は『税金』から支払われるようになっている」とアッサリと書かれている。エーーッ ていう感じである。
webでググってみると、従来から支給額の3分の1は税金が投入されており、それが2009年から50%になるようだ。恥ずかしながら、年金に税金が投入されるとは知らなかった ・・・・・
私的には、それって既に制度が破綻しているとしか思えないのだが ・・・・・。
「年金 国庫負担」でググって最初にヒットした「基礎年金国庫負担の引き上げ」というタイトルの読売新聞の記事によると、50%負担にするための財源について以下のように書かれている。
昨年12月に政府・与党が確保した財源は、財政投融資特別会計の積立金、いわゆる「霞が関の埋蔵金」と呼ばれるものでした。これを流用して09年度、10年度の財源を賄う方針です。しかし、埋蔵金は安定財源とは言えず、その場しのぎの対応としか言えません。
ウーーン・・・・・ ますます心配だ。このような状況で、「実際に払う保険料の1,7倍を年金としてもらえる」ことの保証はあるのだろうか。
その後、年金が「積み立て方式=自分の積立金を銀行預金のように自分のために積み立てる方式」ではなく「仕送り方式=今の高齢者の年金の支払いに使う方式」になっていることの利点を説明しているのだが、これがよく解らない。「インフレになったら年金支給額が増えるが、その分、積立金額も増やせる」というのが理由らしいが、インフレ時に積立金額を増やせるのは積み立て方式でも同じだろう。私には、今まで積み立てたハズの金がどこかに消えてしまっていることを誤魔化す論法のように聞こえてならない。
本書の表題になっている「未納が増えると年金が破綻する」という疑問に対しては、かなり最後の方で、「公的年金加入者のうち、7割強が第2号被保険者や第3号被保険者といった給料天引きの人たちなので未納にはなり得ず、残りの3割弱が未納の可能性がある人で、その中の20%が未納でも公的年金加入者全体に対する割合は5%程度なので影響は少ない」といった説明をしている。これはこれで論理的で何の異論もない。ただ、こんな単純な話なら、「もったいぶらずにもっと先に説明したら」と思うぐらいである。
この裏づけとして、153ページに、納付率が90%、80%、65%のそれぞれを仮定した場合の、2009年、2015年、2025年、2050年における基礎年金給付にかかる費用と、そのうち保険料でまかなえる金額の表がでており、「納付率によって、基礎年金給付費や保険料負担分が変わらない」ことを説明しているのだが、私には、この表で「基礎年金給付費」と「保険料負担分」の差、すなわち税金で補わなければならない金額が年々増えていくことの方が気になってしまった。具体的数字を書くと、10兆->11兆->14兆->29兆 というように大幅に上がる計算になっており(確かに細野さんが言うように納付率にはさほど影響されないが)そもそもの制度設計がマズイような気がする。
最後に、この本を読んでの私の感想をまとめると、「未納が増えると年金が破綻する」というのは確かに間違いのようであるが、「そもそも年金は大丈夫か」という疑問は全く払拭されなかった。(むしろ無知だった私に疑問の念が湧いてきた。)
【金曜討論】社会保障の財源をどうする? 権丈善一氏、峰崎直樹氏(MSN産経ニュース)
といった記事を見ると、権丈教授は、社会保障の財源について「もちろん、ムダは削減すべきだが、その額と社会保障再建に要する額はケタが違いすぎる」として、国民の相応の負担増が必要と主張されているようであるが、私も、少なくともその議論を今すぐ始めるべきであると思う。(そして、それなりの負担増は已む無しとも。) ただ、「年金に強い不信感を抱く人は、細野真宏さんの『未納が増えると年金が破綻するって誰が言った』を読んではどうだろう。現行制度を正しく理解すれば、少しは安心できると思う」と言われているが、スミマセン、安心できませんでした ・・・・・ ので、権丈教授著の「社会保障の政策転換―再分配政策の政治経済学V」を読むことにした。(早速、図書館で予約。こちらは、1人待ち)
できれば、細野さんも「数学的思考力」を活用して、「未納とは関係なく年金が破綻する」という疑問に明快に答える本を出して欲しいものである。
では。
【2009年9月27日追記】
この記事の続編として、盛山東大教授の「年金問題の正しい考え方」という本を読んだ感想をアップしたので、興味がある方はどうぞ。 ==> 「年金問題を考える (その2 「年金問題の正しい考え方」を読んだ)」
また、その2のアップに伴い、本記事の表題を少し変えた。
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